整体師へのはじめの一歩

私は高校卒業後から現在までサラリーマンをしておりました。

婦人服の製造卸の会社(営業.企画)に5年間、そこから転職し大手運送会社のセールスドライバーでした。

両方の仕事とも、直接お客様やオーナー様の思いにふれあい、「笑顔や期待」に応える為に思考錯誤でき好きでした。

職場の人間関係も何も問題ありませんでした。

しかし、何かもっと違う形で人の役に立つことができることはないか?

と感じる日がだんだん増えはじめ、

自分と仕事を見つめ直しました。

私は、

信念を貫きたい!

自らの力で幸せと貢献したい!

毎日輝いてワクワクした仕事をしていたい!

完成する事なくずっと進化し続けることをしたい!

「感じたこと」に従ってみた結果が整体師でした

 

もともとずっと空手やボクシング、バレーボール、野球などスポーツをしていたので身体に携わることが多かったこと、「人の役に立つ人間になりなさい。そして、自分も幸せになりなさい」と恩師からの教えもあり、心底にはすでに答えがあったのかもしれません。

いろいろ調べて先ずたどり着いたのが、大阪枚方市の心身楽々堂の西田先生でした。そこで心整体に出会い、現代社会での心身の問題、原因不明と言われ途方に暮れた人達が溢れていることなど様々な真実を知りました。

先生の「思想.理論.手技」に感銘を受け、心整体法<初級>を受講し、まずは家族と親しい仲間に癒しの術として施してました。

この整体に出会ってから、不調で途方にくれた方をはじめ最近では、若年層のあいだで「起立性調節障害」と診断される子供達がたくさんいると知り、そんな未来を支える子供達をはもちろん、困っている人のお役に立ちたい。

しかも、それが自らの身体のしくみを使って改善し健康を取り戻せる事を伝えたい。

そんな気持ちが湧いて来た時、西田先生から継承し、信頼のおけるお弟子さんが、整体スクールを私の育った京都で開催するとの情報を得ました。

すぐに体験説明会へ行き、カリキュラム、先生の人柄に惚れ、この整体を絶対自分のモノにするんだ!と、入門を決めました。そんな唯一無二のご縁をいただいたのが、京都市右京区にある「無痛整体ながれ堂村地先生です。

そして勤めながら、途方に暮れた方に、夢や幸せへのお手伝いができるように、

充実した一年間を経て、整体スクールを卒業し、無痛自然整体法を体得しました。

(心之助の由来)

心とは、誰しもの身体に宿る神秘的なもの。

その、心と身体になにかしらの原因で不調を抱えてしまった方々に整体と愛を持って心の一助になりたい。

ひとりひとりが持っている神秘的な力により輝きを取り戻し健康へ導くお手伝いがしたい、優しい月の光のように寄り添って行きたい「こころのたすけ」というストレートな思いから名付けました。

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